Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

  “初 午”C
 


          



 今回のお話の核となっている、仔ギツネの邪妖“葛の葉”こと くうちゃんは。幼児どころか乳児と言っても不都合なかろうほどの幼さで。だのに…いくら育ちの早い四足獣の眷属とはいえ、そうまで覚束ぬほど年端のいかない幼子だってのに。結界にさえ邪魔されねば、髪の間にお耳が立ったり小さなお尻から尻尾も出ないほどの完璧に、人の子供への変化
へんげがこなせてしまえる辺りからして、お館様が見越したところの、天狐の血を引く係累であることは確かなようで。そんな特別な…神様の遣わしめたる血統の彼が、なのにおめでたい正月に、姿も気配もなき物へ異様なくらいに怯えたはどういうことなのか。邪妖から目の敵にされている陰陽術師の住まう館ゆえ、邪悪なものが“隙あらば”と虎視眈々と狙っていても不思議はない環境ではあるが、だからこその守護結界によって十重二十重に囲うておるというのにも関わらず、こんな小さな子を泣いて逃げるほど怯えさせたは何の影によるものか。もう済んだことだから、その後は見られぬようだから忘れればいいなぞと、軽々しくも捨て置いてはいけないような、そんな気がしてずっと心に留め置いていた蛭魔であるらしく。そんな彼が、これが節目だと思いし“初午”がそろそろ間近い頃合いとなるにつれ。くう自身には相変わらず、何の変化も見られぬものが、周囲周辺から気をつけろとの示唆が、徐々に集まり始めてもおり、水面下での秘やかに、緊張が高まっていた蛭魔邸だったりするのである。そして、

  「くうちゃんへの危機ならば、ボクだってお力になれますものをっ。」
  「…瀬那。」

 小難しい言い回しで“憤懣やる方なし”とばかり、それは判りやすくもプンプンと、誰彼かまわず八つ当たりする勢いにて怒っているのは、その蛭魔の師事を受けての修行中という書生くんであり。すぐの傍らから乳兄弟の陸くんが窘めるような声をかけたのを追うように、

  「だからって、ボクに不貞腐れられても困るんだけど。」

 困ったように眉を下げ、当代一の美丈夫もまた、それは嫋やかな苦笑をして見せる。いつもならセナの方がお起こしするお館様が、どういうものか朝一番にずかずかと、セナの寝所まで来られたは今朝のこと。寝ぼけ眼の彼へ“東宮様へのご挨拶に行って来い”といきなり命じた師匠であり、取りも直さずあたふたと支度をし、神祗官補佐殿の代参だからと牛車まで用意されてのしずしずと、宮中は殿下のおわす東宮御所まで伺ったところが…先んじて来ていた陸から真相話を聞いての不満顔。

  ――― 明後日までは大人しく、東宮(様)のところで避難してな。
       何を感じ取っても屋敷に戻ってくんじゃねぇぞ、判ったな…とのこと。

 それを苦笑混じりにご覧になった桜の宮様もまた、陸からその旨を、今日になっての突然に告げられたというから、
「どこまで人を、蚊帳の外へと弾き倒して澄ましてるお人なんだかっ。」
「…セナくん、それ、微妙に日本語としておかしい。」
 板張りの床は冷たいこの時期、後世の畳にあたるものだろか“昼御座
(ひのおまし)”という、高さと厚さのある御座所へと、まだ小さいから(?)特別に、二人の幼き代参者らを“おいで”と近づけて。お膝同士がくっつくほどに、三人が寄り合ったのは、何も寒さをしのぎたかったからではなく。少々ややこしいお話を、周囲の寄人よりうどの方々に聞かせたくはなかったからで。
“まあ、抜け目のない大臣たちとは違って、聞こえていても聞こえてないっていう、暗黙の了解を生真面目に貫く人たちばかりではあるけれど。”
 身分が違い過ぎるお人の声やお言葉は下の者が直接聞いては無礼となり、仲介の方がいない場では、聞こえていても聞こえずでいるのがこういう場での暗黙のしきたり。だからと言って、人に非ずと見なしての無視というのはあまり好かない気性の東宮様でもあり。とはいえ、今日は…いつものそれとは微妙に異なる気遣いから、広い居室の中ほどへ、火鉢を結界の支点にするかの如くに周辺へと並べ置き、おでこを寄せ合うかのような密着ぶりでの歓談の図となっている彼らであり。
「蛭魔が明日の初午にこだわっているのは、くうちゃんとやらが“お狐”の係累だからなの?」
 ちなみに、宮中でも神事儀式が執り行われる予定ではある。初午なんて、ただのお稲荷さんのお祭りごとで、いわば“お初天神”みたいなもんじゃあないのと、今時には思われているかもしれないが。それが始まりしの平安時代には、冗談じゃないですよなレベルの、一応は立派な宮中行事だったのだ、お客さん。ウチでは くうちゃんが登場したより以前の二月、『春暁夢行路』(aisi-ruihiru-sityuuhe.htm)というお話の冒頭でも、その年の二月の最初の午の日を祝うお祭りで…と浚っておりますが、そもそも何でまた伏見稲荷を宮中でも祀るのかといえば。そちらでは『和銅四年(711年)、元明天皇に神様が降臨なさったことを伏見稲荷の創始とする』という表現に留めているが、そこをもう少し突っ込むと。
 該当の和銅年間は、奈良時代の女帝・元明天皇の時代。そこから更に逆上ること二百年前の大和時代、まだ幼い欽名天皇がご覧になった夢へと神様が現れて、半島からの渡来氏族・秦氏の大津父という人を重用すれば、よく働いて朝廷を支えてくれますよというお告げを授けていった。そこでとその人を探すように手配し、それから時は流れての奈良時代、お告げの通りに取り立てたところ、それはようよう働いてくれたので、そのまま彼の一族を重用した。平安京へと遷都した折には、現地の権勢者であった秦氏は政治的な力も得、一族が信奉した稲の神様を伏見に祀ったのが、これすなわち“稲荷”の本宮、伏見大社の始まり、という訳で。そんな“お稲荷さん”が、その時々の政権の“全国統一”の過程において、民の風習の一端としてじわじわと、均されながら受け入れられながら全国津々浦々へと伝播するその中で。日本に古来よりおわした食物の神様“宇迦之御魂神”と同一視されたり、はたまた、後になって真言密教仏教での茶枳尼天
だきにてんと習合させられたりもしがため、それらの神や仏の遣わしめの狐と縁があるように広められてしまった…とも言われている。
「習合?」
 えっと、辞書によりますと、それぞれで異なった教義や主義を統合調和することで、
「ほら、筆者さんがこのお話の最初に持ち出してたローマ帝国でも、属領にした土地の神様を自分の国の神話の中にも同じ神様がおりますよなんて持ってって、その信仰を弾圧せず受け入れようと構えたでしょう?」
「ギリシャ神話とローマ神話に、名前は違うけれど司るものは同じ神様が重なってるあれのこと?」
「それって、ケルトの天上神とも重なってて、そもそもは、太陽や月に、肉眼で把握出来てた惑星なんかの七つから来たもの。後の七曜の元なんだってな。」
 雷(木星)に炎、水に金、土。世界中で共有していたエリアのお空、つまりは天文が起源なのだから、重なっていて当たり前。遅れて威勢を発揮し出した地域は、他国で先進のそれとして綺羅らかに発展していた高度な文明文化を、しゃにむに吸収し、知的レベルで追いつくのが悲願でもあったろう。はたまた、民衆の団結力の恐ろしさと繁雑さもようよう知っておったから。王族や支配階級だけならまだしも、人民からまで抵抗されて消耗するのは賢明ではないと判断し。征服した地域を、支配ではなく弁務官を置いての属領属国としたその手段の一手として。力技で強引に自国の物ばかりを押し付けるのではなく“習合”という形で擦り寄って、親しみやすさでの懐柔を目指したものと思われて。………って、いきなり紅毛人の国のお話を持って来て理解を深めてどうしますか。
「でも、東寺建立の資材として伏見の木材を相当量献上したとかいうし。神様を祀っているのに仏教の勢力へも手を貸してるのは本当だものね。」
 だから習合という格好で受け入れられた…って、だ〜か〜ら。いつの世と限定してはないけれど、あなたの治世の御代からはもしかして後世の出来事かもしれないことへ、ひょいひょいと触れるでないというに、桜庭くん。
(ううう…。) 話が うんとこ逸れてしまったのではあるが、
「お館様も、くうちゃんが稲荷神の遣わしめの天狐だと、決めつけておいでなわけではないのですが…。」
 確証はない。というか、こっちはどんなに勉強を積んでたって所詮は人間なのだから、検証のしようがない。ただ、消去法でいくと、こんな幼いのにこんな術が苦もなくこなせるのはそれなりの素地があるからで、そこいらの野狐の仔であるとは思えず。生まれついての血統というのなら それも頷ける…という順番で、天狐ではないか?としておいで。
「それで。何かあるとして、それが途轍もないものだったらば、館にいては危ないからって。ボクのこと、東宮様に預けてしまわれるなんてっ!」
 語気が荒くなったことで、ああ、またお怒りが復活したぞと。桜の宮様が苦笑をし、陸がこらこらと両腕で扇ぐようにして鎮めにかかる。何たってこの彼が激すれば、
「…さっきから進さんが部屋の隅に控えてますしね。」
「あ、やっぱりそうなんだ。」
 僕には姿までは見えないんだけど、何か圧力みたいなのは感じるからと。目鼻立ちの端正な貴公子が苦笑をし、開いた桧扇の陰でこそりと陸へ囁きかける。
「セナくんを苛めたと誤解されて怒らせたら、僕らも薙ぎ払われちゃうのかな。」
「それはない、と思いますけれど。」
 まだまだ幼い面差しをした、小柄で華奢な陰陽師見習いの男の子。日頃は大人しくて気立ても優しく、他人の痛みを我がことのように案じてしまうそんなセナには、本人でも制御出来ないでいた膨大な力があるらしく。そして…それに惹かれてか、それともその力の具象化した存在なのか、途轍もない力を持つ守護神様が憑いている。一応はセナがその行動を制御しているという話であったが、当の主人が感情的な意味合いから自制の箍を外してしまったら…そんな彼そのものが行動上の判断基準となっている進はどうなるものか。
「蛭魔さんは、セナ以外の存在をまだ個別認識出来てはない進さんだって言ってましたが、だったらもうとっくに、セナが望むのへと従って、屋敷へ連れて帰ってやってるんじゃないかと。」
「…そっか。」
 だが実際はそうではない。主人の駄々も聞こえていように、今のところはただじっと控えている彼であり、
「きっと蛭魔さんが、進さんへ言い聞かせるかどうかしたんだと思います。何かしら危険だから、屋敷に戻ってはいけないと。」
 そして、そんな言い付けを守っている進だということは、少なくとも蛭魔の言を優先しているということにならないだろうか。セナの身に危険が及ぶからだという条件をこそ優先したのだとしても、それを口にした蛭魔への信用あってのことという順番になる。
「そか、蛭魔って、彼からのそこまでの信用を既に取りつけてるんだねぇ。」
 うんうんと頷く東宮様の視線の先にては、むむうとむくれて下唇を突き出し気味にした、そんなお顔もまた愛らしいセナが、おやつにと出されていたお饅頭へ やや喧嘩腰になってかぶりついており。彼とても…立ち上がってそのまま帰るとまでの行動にまでは出ない辺り、蛭魔のこうまで強引な言い付けにはいつだって意味があると知っていればこそ、無闇に逆らえない素地があってのことに他ならず。何だかんだ言っても、皆してあの金髪痩躯の陰陽師さんへは、多大なる信頼を寄せているに違いなく。

  「けどさ。
   ということは、蛭魔が万が一のことを案じてしまうほど、
   そんな恐ろしい何物かがあの屋敷へやって来るってことだよね。」

 恐らくは くうちゃんが怖がった何物か。稲荷神の遣わしめを怯えさせるようなもの。
「それって…何物なんだろう。邪妖って決めつけてもいいものか。」
「え?」
「だから。」
 桜の宮様、扇を揺すって、

  「セナくんはこうやって避難させたけど、じゃあ肝心な くうちゃんとやらは?」

 どんな子なのか、残念ながら僕は会わせてもらってないけど、うんと小さい子だって話じゃない。
「葉柱くんがよそへ匿ってるの?」
「さあ…。」
 そこまでの段取りは聞いていませんと、小首を傾げる陸へ向け、
「その昔、いきなり無名の身で登用された彼を面白くないと思ったらしき、大人げない大貴族らを相手に回して。無理難題ばかりを吹っかけてくるのへと孤立無援のまんまで受けて立ち、片っ端から片付けてったあの蛭魔が、防戦一方ってのも、僕には納得が行かないしね。曖昧模糊なまんまってのも苛々して嫌うだろから、いっそ直接対決ですっぱり鳧をつける気なんじゃなかろうか。」
 相手が人ではないというのが前提の話だってのに、何とも恐ろしい思惑とやら、提示なされた桜の宮様だったものだから、
「そ、そんな…。」
 反駁しかかった陸へ、あり得ないかなぁと、それは無邪気にもかっくりこと首を傾げた東宮様であり。
“それって…。”
 どこかおっとりと浮世離れしているように見せていても、そこは次の帝となられる御方様。彼にしか立てない位置から、これで結構 隅々にまで目を配ってもいなさる切れ者だというのは陸も重々知っており、
“…いや、十分あり得るぞ、それ。”
 あの、気が短くて行動派な、しかも怖い者知らずで“天上天下 唯我独尊”を地でゆく彼のことだから。様子見とか牽制とか、そんなまだるっこしいことをいつまでも続ける性分じゃなかろう。
「未明からを含めての“明日”がその正念場だと踏んでいればこそのこの手配なら、そのくうちゃんだけはすぐ傍らに残している蛭魔なんだろね。」
 そして。あの最強の陰陽師殿の傍らから引きはがし、ただ避難させるだけだなんて意味のないことだと、匿ったところでそちらへと向かいかねないような相手だと案じているのだとしたら、尚更に、

  「相手が邪妖だとは限らないのかも。」

 と。あの蛭魔がここまでの対処を構えていることを解析しての結果、もしかしたなら…畏れ多き存在にかかわる係累なのかも知れないと、想定した東宮様であるらしく。
「だったら…口惜しいけれど、俺では何の役にも立ちませんね。」
「陸くん?」
 ちょっぴりと項垂れた陸くんだったのは、負の存在が相手なら何とか咒を駆使出来る自分でも、到底歯が立たぬ相手だということと…それから。
「邪妖なんかじゃない進さんを制御出来るセナさえ遠ざけたのだから、」
 ともすれば、同じ此岸の存在である者らへも対等に渡り合えたろう進を、あえて護衛役に回して見切った蛭魔は。セナへの説明役をと指名したことで、陸をもまた。進という護衛つきで、日頃から蛭魔が…こちらはお勤めからながら、それでも最強の結界を張っている宮中へ避難させたということであると、今になって気がついたから。

  「攻め手の数に入れてもらえなかったってことですものね。」
  「でも、それを言っちゃあ…紫苑くんだって、なんでしょ?」

 あ、でも、陸くんをもこの宮中に預けたってことになるのなら、武者小路さんチの結界を信用してない蛭魔だって事かしらね、と。一体どこまでが本性からの天然なのだか、桜の宮様、くすすと笑い、

 「まま、のんびりしてってよ。そう、先の雪見の宴に来てくれなかった罰として。」

 そう言うと、パンパンと手を打ち、お茶会の支度をと寄人たちへ告げる東宮様であり。恐ろしいことが起こるのかもと語った舌の根も乾かぬうちのこの態度へ、

  “この世代の上つ方の方々は…。”

 どうにも読めなくって手ごわいとの感慨を新たにした、陸くんだったりもしたのであった。










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  *結局は、東宮様も陸くんも出しちゃいましたな。(苦笑)
   はてさて、ここまで引いといて
   何てことない相手でしたでは済まされないですよね。
   うわぁ、どしましょうっ。
(こらこら)

  *ちなみに、旧の暦で数えれば、今年の初午は3月25日。
   いかな…極端な寒の戻りが暴れまくる今年の弥生であれ、
   そろそろ桜もほころぶ暖かな頃合いにもなっているのでしょうね。